ブログの継続について

今日から4ヶ月目に突入。

なぜ私がブログを始めたのかについてはメニューにある「ぴょん吉ブログについて」で触れているのだが、じつは他にもう1つある。

昨今、会社というシステムが限界を迎えていて、後にやってくるのが個人事業主祭りだとあちらこちらで噂されている。

会社システムが限界だとのいわれは、情報が溢れていて社会やお金の仕組み、そして起業の仕方が以前に比べ驚くほど簡単に手に入る。学校にいかなくとも良い教育がコンピューターの前で受けられ、個々の持つ能力が格段に上がる。経営者と被雇用者の差が縮まる。そこで被雇用者として心無い扱いを受ければ、一念発起して起業する人が増えるだろう。

副業の代表とされるブログ、せどり、投資、プログラミング、心無い経営者の下で我慢して働き続けるよりこちらの力を伸ばして独立した方がよっぽど有意義だと考え、多くの人がすでに始めていると思う。

物によってはほとんどコストも掛からず、ローリスクで始められる。空き時間にアプリだけを使って利益をあげた人もいるんではないだろうか?

資本もさほど掛からず、情報も申し分ないくらい仕入れられる。もう何故やらないの?ってレベルだ。個人事業主祭りがやってこないはずがない。

そして多くの人が経営者になることで、いままで以上にサービスと料金に差が無くなり選ぶ基準が人間性って事になる。

私はこの未来が思いの外早くやって来ると予想している。そしてここからが私がなぜブログを始め継続しているのかの話になる。

全くの他人が私を見た時に、その人が超能力者でなければ私を理解するなんてことは出来ない。日頃から私と公私の間で関わりがあれば、私がどの様な人間なのかは多少は理解してもらえるが、このどちらのケースでも人は普段のコミュニケーションだけでその人の本当の真理に届く事は稀だと思う。それほど1人の人物の歴史というのは深いものだ。この私の投稿を読んでいただいた方で実際に私を知っている人は、そこに大きな乖離が見られたのではないだろうか?

サービスを選ぶ基準が人間性になるのに、私の考え方を知らずに依頼するに至る事などないと思ったからだ。こうしてアウトプットをしていれば私の考えに共感してくれる可能性がある。先にも述べたがアウトプットしなければ共感してもらえる可能性は極めて低く、自ら摘んでしまっている様なものだ。そしてもし共感してもらえたら、それはお互いに利益をもたらす事になるだろう。これが私のブログを始めずにはいられなかった理由だ。

どうしようもない場合を除いて人は正直で優しい人を選ぶと信じている。優しい人が仕事をどんどん依頼され許容が増えていく、するとどうしようもない場合って事が少なくなっていき心無い人間は淘汰されていく。

正直で優しい人達が苦しむ時代が長いこと続いてしまった。そろそろ逆転しても良いんではなかろうか、デジタルの進化と共に。

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