価値観を押し付けるについて

こうしてブログを書いているという事は、私の考えや価値観を少なからず他者に押し付けている事になる。なぜならもし私に全くその気が無いのであれば、心の中に、あるいは日記の中だけに留めておけば良い話だからである。

私は人は常に未来の落とし穴に落ちてしまわぬように準備をしておくべきだと思っている。また成長し続けることで人生が豊かになると信じている。

この事を周りの人に話すと、人にはそれぞれ価値観があるのだからと煙たがられる事がある。

そんなに煙たがられてまで、なぜ私は書く事や伝える事をやめないのか?

中には将来、生活に困ったらその時自ら人生を終えれば良いと考えている人もいるだろう。今よければ全て良しと考える人だ。他にも今置かれている状況が最期まで続き、生活に困ることなどないと考える人。

しかし私の考えでは今以上にシビアな世界が待ち受けていて、働けど働けど生活が安定せずに日々疲れきって毎日を過ごす。そんな未来が人によってはやって来てしまうのだと考えている。今、実際にそう言う生活を送って困っている人がいる事実が、私にそう考えさせざるをえない。そしてもっとも疑問に感じるのが、自ら命を絶つ事など本当に出来るのか?仮に出来ようとも、発狂するほどの恐怖と悲しみの中ての決断になるのだろう。

これらを踏まえて何故私が伝える事をやめないのか、先程考えていた。

例えば目の前に私の知り合いが道を渡ろうとしていて、その道に車がビュンビュン走っていたら私は当然手を引くだろう。仮にその人が大丈夫、大丈夫、車の方が避けるからと言っていても、私は間違いなく手を引く。

例えば後ろから馬の群れが走って来ていて、大丈夫、大丈夫、馬の方が避けて走って行くからと言っていても、私は必死に走れと言うだろう。

それと同じ事、政府が老後は2000万必要だと言っているのを始め、数多くのデーターが何もしないでいると確実に困難な状況がやって来てしまうと答えを出しているのに、それに目を背け今しか見ていないのだとしたら、闇に飲み込まれてしまう。

そうあってほしくない。

という訳で、私は今日も自分勝手にこれを書いている。

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