私の趣味のバスケを始め、室内競技をしている人達はいまだ悶々とする日々を送っていられる事でしょう。
自粛の雰囲気もいくらかやわらいで来て、もう体育館を使用し始めた所もあるとかないとか。学校関係の体育館を使っているところはまだ再開は難しいと思うが、それも時間の問題だろう。
団体競技をしていると色々なプレイヤー達の考え方が混じりあう。そこにはチームプレーを第1に考える者や、高度な個人プレーの融合こそが重要だと捉えている者がいたり様々だ。
監督やリーダーがその複数の思考をまとめ、個々の力を最大限に発揮できる様に脳をフル回転させる。それが戦術と呼ばれるものだ。
その戦術の核となる部分にはもっとも優秀なプレイヤーが指名され託される。それがどのスポーツを観ていても必ず存在するスーパースターだ。そのチームのエースはもの凄いプレッシャーを跳ね除け、仲間に勝利をもたらす。時にはまさかと思うほどのミラクルなプレーを残して。
ここからは私の考察になる。このスーパースター達がみせるプレーは対戦相手を欺き、仲間と観客を魅了する。それがあまりにも美しく力強ければ会場全体が虜になる。それはただ監督の指示通りにプレーしていては不可能なんじゃないかと思う。確かに名将と呼ばれる監督から授かる決め手もあるだろう。しかしながらその名将をも唸らし記憶に残るプレーというのは、日々の血の滲むような努力をする者だけが許されるセルフィッシュによる閃きなのだと考える。
そしてこれはなにもスポーツに限った話ではない。仕事や人生においても、誰よりも努力をしている人をみて「あいつは我儘だ」とは言う気にならない。それどころか気付けば最後のバトンを渡したくなっていると思う。
私はどちらかだけでは無く、ラストパスを出してやりたいし、いつもその重圧を感じてプレーをしている彼をたまには解放してやって、俺がシュートを決めてやりたい。そのためにそのエースに負けないくらいの努力をしたいと思う。
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