親の力を借りるについて

己の力のみでなりたい理想の自分になる。

出来る限り他者の助けを借りずに、そうなりたいと考えたことがあると思う。

特に男なら自分の力で達成したいという思いが強いだろう。個人的にこの考え方には賛成である。

なぜなら人生において誰からの助けも得られない状況で、乗り越えねばならない壁が目の前に立ち塞がった時にそうしなければならないからだ。

しかしもし誰かの助けを得れる状況なら甘んじて拝借すれば良いと思う。

あなたも誰かの上司や先輩として、誰かの助け役になったことがあるだろう。後輩に助けを求められ、力を貸すことに嫌悪感を覚えただろうか?力の貸し借りは一方的な施しではない。貸す方も大きなモノを得られるケースが多い。

親ならなおさらだ。自分の子がたくましく育っていく過程で、その力になれる程の喜びが他にあるだろうか?

高校生になったから、大学生になったから、大人になったからといって、急に自分は1人で生きていかなくてはと思う必要などない。幼い頃から惜しみなく注がれたそれを突然遠慮がちにはねのける必要などないのだ。

我々大人はその青春に満ちた時間がどれほど貴重か体験済みだ。有意義に活用してほしい。それでもあまり甘えたくないと考えるのなら、想像もしない様な大きな大人になって甘んじて受けた借りを返そうではないか。

私はその行為こそ難しく厳しい選択で、その分尊いモノだと思っている。

コメント

  1. Cio@一言居士 より:

    「あるときにしか貸されへんねや、これで助けられんねやったら助けたるわ。助けたい思うときに助けられへんことほど惨めなもんは無いわ」

    貸す側に立ったことはあったけど、何を得たんか分からしません(笑)

    フィリピンの最大級の罵倒に「Walang utang na loob sa iyo!」というものがあります。絶対に使ってはなりません。直訳で「お前には内なる負債が無いんだな!」で、意味は「恩知らず野郎」です。

    • kotsubanmakura より:

      そっか、まだ得れていないのか、、、
      これは感謝や恩義と同じ類のものなので、気付かなければ、いや気付こうとしなければ得られないモノなのだよ。
      案外たくさん貰っているかもよ 
      コメントありがとん

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