続々 歌うについて

晴れて本番の日の朝を迎えた。大会開始が昼からだったので、友人に最終調整がしたいのでと言って午前中に最後の練習に付き合ってもらった。何曲か歌ってスキマスイッチの奏を歌った時に、「これじゃない?」と言われて本番直前に奏に曲変更をしてしまった。因みに最初に申請していた曲はミスチルだったので、奏については練習でも歌わなかった曲ということになる。

会場の一角に出場者の席があり他の人が歌っている時もそこで一緒に聴く。みんなでお喋りしながら緊張をほぐしあいとても楽しいひと時だった。競い合うのであるのだから、もっとギスギスするもんだと思っていたが、可愛いお嬢ちゃんからロマンスグレーのおじいちゃんまで、他の人が歌っている際みんな互いに応援していた。この嬉しい感覚は出場しなければ決して味わえなかったと思った。今回の件で大きな学びが2つあったが、これがその1つだ。

次に話すことが今回の学びで1番大切なことだと思う。

他の出場者のみんなと互いにほぐしあっていたのにも関わらず、初めての大人数の前で歌うことやほとんど練習していない曲ということも重なって過度に緊張してしまい、結果は散々なものとなってしまった。

大会に出ることが決まり、初めに選曲、何度も歌い暗唱し、高得点がでるようにマイクの持ち方、距離、腹式呼吸、抑揚、ビブラート、しゃくり、こぶし、フォール数え上げたらキリがないほどのポイントを何度も何度も歌い練習したのに、直前でハードルを下げにいってしまったのだ。あんまり練習したことのない曲だから仕方がないという言い訳を歌う前から準備してしまったのだ。情けない、なにが「人にできないことをして自尊心を高める」だ。結果、もしベストスコアで戦えたら、優勝に手が届きそうだったこともあり、2、3日かなりへこんでしまった。

不安が先に見える時こそ自分のやり方を通さなければならない。曲げるようなことがあれば、それまでしてきた努力がなんの意味も持たなくなる。決意を持って挑めば、例え目的地に届かなくても次の挑戦に活きる。わかっていたはずなのにできなかった。

これが大きな学びの2つ目だ。頭で理解していてもよほど心にとめておかなければ揺らいでしまう。もう2度とハードルを下げにはいかない。自分の努力を無駄にするのがどれほど阿呆らしいか学ばせてもらった。

そんなこんなで私の初カラオケ大会の幕が下りたのだった。

私の苦い経験談が、あなたの努力を無駄にしなければこれ幸いと思い書かせて頂いた。

コメント

  1. geasow より:

    戦果は左様でしたか……私も、先ほど述べた学祭でのデビュー戦ではハードルを下げました。鬼束ちひろの月光は原曲キーの高音で歌えるのに、敢えて男声で歌いました。中坊オーディエンスからの野次を恐れて逃げました。

    同時期から自身の性について悩むようになって、声変わりした男声の低音を嫌っていました。普段から日常会話も裏声で話して声を高くした経緯があります(因みに、大学の時に似た境遇の女子と会います)。

    自身の責めに帰さない理由で自身の努力が徒労に終わることさえ悔やみきれないのに、自らの手で努力を殺すと後悔は計り知れないですよね。

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